「酒が飲めるし...人と話せるし」と被告は語った
『貴方宛てに1000万円の寄付金が入金されましたのでお知らせします。受け取る際は以下のサイトにアクセスして口座を確認下さい』
このような文面の迷惑メールに騙されて江村剛(仮名、裁判当時27歳)はお金を使い果たし、スナックで食い逃げ事件を起こして捕まりました。
「信じてしまいました...。お金がもらえると思ってハマってしまい、口座を教えるためのチャットに課金しました」
お店では楽しそうにお酒を飲んだりカラオケを歌っていたそうです。代金は6300円、彼の所持金は277円でした。
彼が産まれてからすぐに周囲は違和感を感じていました。
「実際しゃべってて知的障害があるんじゃないかと感じたことはあった。会話を正しく理解できてないんじゃないか、と思っていた」
弁護側証人として出廷した彼の叔父はこう証言しています。そんな彼を彼の母親は愛することが出来なかったようです。
「母は被告の面倒は見ていたけど、後から産まれた弟とは差別していた気がする。母方の祖母はもう明らかに弟の方にえこひいきしていた」
叔父の目からはこのように見えていました。彼が小学校高学年の時、父の仕事がうまくいかなくなったことが原因で両親は離婚しました。弟は母に引き取られ、彼は父に引き取られました。離婚の数年後に父が亡くなりましたが、その時にはもう母とは音信不通で連絡も取れなくなっていました。
父が他界した後、叔父が彼を引き取って育てました。彼の発達の遅れが判明したのは叔父に引き取られてから数年が経って、彼が高校を卒業する直前のことでした。それまで周囲は違和感を覚えながらも特に検査などを受けさせてはいなかったのです。
発達の遅れ、といっても軽度なものでした。彼はちょうど健常者と知的障害者のラインのボーダーすれすれの位置にいました。健常者として社会で生きていくには厳しく、かといって知的障害者として社会から守ってもらえるわけでもない、それが彼の置かれている立場です。
そんな彼を叔父は家から出して独立させました。
「一人の社会人として、人に頼らず自立して生きていってほしい。逃げるな! ごまかすな! 諦めるな!」
こういう言葉をかけて彼を送り出しました。耳障りのいい正しそうな言葉で自分をごまかして、ただ捨てただけじゃないか。そう思ってしまうのは僕だけでしょうか?
叔父から仕送りはありましたが、彼が一人で生きていくのはやはり厳しいものがありました。やがて彼は以前から知っていた大塚(仮名)という男とルームシェアをして暮らし始めました。
初めはうまくいっていた二人でしたが、だんだん大塚が変わっていきました。彼からお金を脅しとるようになったのです。
「大塚に金銭をせびられてました。給料も叔父の仕送りも渡してしまっていました。断ると胸ぐらを掴まれて怒鳴りつけられるので...大塚が怖くて仕方なかった」
叔父に相談することは出来ませんでした。
「自分を心配してくれていた叔父にまた心配をかけるのが苦しかった。それに、相談しても僕の言うことなんて信じてくれないだろうとも思ってました」
叔父は頼れず、家では怒鳴られてお金を巻き上げられる毎日。そんな彼が希望を見いだしたのが『お金がもらえる』という迷惑メールでした。もちろんお金が手に入るわけもなく、逆に残っていたわずかなお金さえ失いました。
「もうどうでもよくなって、捕まってもいいと思ってました」
彼は夜の街に出ていきました。スナックを選んだのは「孤独感というか、寂しくて...スナックはお酒が呑めるし誰かと話せるから。人と話すのが楽しい」という理由でした。
発達の遅れからくる生きにくさ、幼いころからの差別。世の中には彼を一人の人格を持つ人間として真摯に向き合ってくれる人は誰もいませんでした。それでも彼は『誰かと話したい』と望み続けていました。
奪われてばかりの人生だった彼に与えられた求刑は『懲役一年六ヶ月』でした。(取材・文◎鈴木孔明)
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