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東京。東京にさえ行けばきっと何とかなる。
西村幸一(仮名、裁判当時48歳)はただそれだけを信じて東京へ向かいました。何か当てがあったわけではありません。それでも彼は東京を目指しました。
お金を1円も持っていなかった彼は、一週間以上かけて名古屋から東京まで歩いていきました。その間、彼は道中のコンビニで我慢できずに万引きしたという120円のチョコレートと公園などの水道の水以外、何も口にしていませんでした。
「もう、何度も自殺しようかと思った」
そう裁判で話していましたが、彼は希望を捨てませんでした。東京でもう一度人生をやりなおしたい、その一心で彼は空腹と疲労でくじけそうになる自分を励ましながら歩みを進めたのです。
「もう誰にも迷惑をかけられないと思ってました。人を泣かせてばかりで生きてきたので...」
彼は自分の浮気が原因で二回離婚をしています。二度の離婚をした後に窃盗罪で逮捕されたこともありました。それで職を失った彼は、神奈川県の更正保護施設で生活保護を受給しながら生活をしていました。
しかし、この施設は悪質ないわゆる『貧困ビジネス』といってもいいような場所でした。受給している保護費のほとんどは施設を運営している団体に搾取され、自由に使えるお金はほとんど残りません。施設の人間関係にも馴染めなかった彼はそこを飛び出し、河川敷で暮らすホームレスになりました。
ホームレスにまで転落した彼ですが、なんとかまともな生活に戻ろうと彼なりにもがきました。彼が就ける仕事は日雇いのものばかりでしたが懸命に働いていました。そんな彼を見て、「東北地方の長期で働ける飯場」を紹介してくれる人が現れました。彼は東北へ向かいました。
そうして東北で数ヵ月働いた彼でしたが、飯場の契約期間が終わって東京へ戻ろうとしていた時のことです。現金でもらって貯めていた給料がなくなっていました。
「多分、誰かに盗まれたんだと思う」
人の入れ替わりも激しい飯場です。誰がやったか分からないし、犯人はもう近くにはいないかもしれない。諦めるしかありませんでした。困り果てていた彼を見かねて、飯場で働いていた職人が名古屋での仕事を紹介してくれました。ぎりぎり、名古屋まで行けるだけのお金は持っていました。彼は今度は名古屋へと向かいました。
彼は名古屋まで行きましたが、紹介されたところで雇ってもらうことは出来ませんでした。そこは特殊な技術を必要とする職種の仕事で、何の技術も経験もない彼を雇うことは出来なかったのです。そんなことは何も聞かされていませんでした。お金はもうありません。またホームレスになるしかありませんでした。
東京に戻るしかない。
そう考えて彼は歩き始めました。
東京になんとかたどり着いた彼でしたが、空腹は限界を越えていました。気が付くと彼は、以前少しの間だけ働いたことがあるラーメン屋の前に来ていました。営業時間はもう終わって閉まっていますが、従業員口の鍵が隠してある場所を彼は知っていました。
彼は誰もいないラーメン屋に侵入し、冷凍庫にあった餃子を店のフライパンで焼いて食べました。
「焼けるまで我慢できなかった。ほとんど生のまま食べていた」
この犯行が発覚し、彼は『建造物侵入、窃盗』の罪で逮捕されました―――。
彼の転落人生は『自業自得』と言ってしまえばそれまでかもしれません。実際、その通りだと思います。
それでも彼は必死に変わろうとしていました。
必死に生きようとしていました。
彼はどんな気持ちで『ほとんど生のまま』の餃子を食べていたのでしょうか? きっと彼はその味を生涯忘れることはないと思います。
取材・文◎鈴木孔明
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