事件現場は都内のラブホテルの一室でした。岩下あや(仮名、裁判当時23歳)がベッドに横になっている大谷美和(仮名)の上に馬乗りになって首に手を添えると、美和は微笑みながら言いました。
「どうぞ」
その笑顔を見た時、彼女は、
「本当に死にたいんだ...」
と思いました。それでもやはり躊躇いがあり、はじめは軽く首を握っているだけでした。少しずつ首を握る手に力を入れていっても美和は微笑んでいました。その笑顔を見て彼女は確信しました。
「本当に殺してほしいんだ」
本気で首を絞めました。殺した後で自分も死のう、そう決めていました。無我夢中でした。もう美和の表情を見ることもしませんでした。部屋の中でずっと聞こえていた空調の音が遠くなっていきました。
「首を絞めてる間、水中にいるような感覚で、周りの音が何も聞こえなくなりました」
どれぐらいの時間、首を絞めていたのかはわかりません。そう長い時間ではなかったはずです。
「我に帰ったきっかけはわかりません。耳に詰まってたものが急に抜けたような感覚というか...。空調の音がまた聞こえてきて、パッと被害者の顔を見たら舌が唇の上に乗っていて顔色も真っ白で...『何てことしてるんだ』って思って、やめました」
首を絞めるのをやめると、美和はしばらく咳き込んでいましたが、やがて大声で泣き叫びはじめました。
「どうして殺してくれなかったの!!」
彼女には謝ることしかできませんでした。
「ごめんね、もうこれ以上できない」
泣き叫ぶ美和をなだめ、風呂にいれて暖かい飲み物を飲ませて落ち着かせてから、彼女は共通の友人に連絡して美和を任せ、その場を去りました。119番に電話しようとも提案しましたが、それは美和が、
「絶対呼ばないで!」
と拒否しました。
惹かれ合った二人
「自分にとってすごく大切な存在の女性なので、死んでほしくなんかないです。なんでこんなことしちゃったんだろう...」
二人の出会いは事件の数ヶ月前、客とキャストが話したり添い寝をするいわゆるリフレ店で働いていた美和の元に、彼女が客として来店したのがきっかけでした。
初めて会った時から意気投合した二人はやがて店の外でも会うようになりました。そして、親密さは増していき、だんだん二人は他の誰にも言えなかったことを共有していくようになりました。
彼女は以前働いていた職場で男性の同僚からひどいパワハラを受けていました。大声で怒鳴られるのは日常茶飯事、仕事で使う包丁を投げつけられたこともありました。それ以来、男性と大きい音や声に恐怖を感じるようになりました。
美和は、裁判では詳細は明かされませんでしたが家庭内で大きなトラブルを抱えていました。
「美和はいつも情緒不安定で、そんな姿が自分と重なりました」
生きていく中で、境遇こそ違いますが二人は多くの傷を受けてきました。傷ついた者同士だったからこそ二人は惹かれあったのかもしれません。二人の傷は二人を繋ぐ絆になりました。しかしその絆は二人の人生を良い方向に導くものではなく、逆に二人を堕とすだけのものになりました。
「だんだん会うたびに美和が『死にたい』とか『もう疲れちゃった』ともらすようになっていきました。聞くたびに励ましてましたが、何度も続くと自分も落ち込むようになって...。二人で会うことはマイナスにしかならないと思ったので何度も『離れたい』と伝えましたが、『離れるくらいなら死んでやる』と言われてしまって、離れられませんでした」
彼女は二人の関係を「共依存だった」と振り返っています。もう今後、二度と会うつもりはないそうです。
「私も弱い人間なので、弱い人とは付き合えない」
彼女も弱く、そして優しかったから目の前にいる同じように弱かった美和を放っておけなかったのだと思います。しかし、誰かを救えるほど彼女は強くはありませんでした。
この嘱託殺人未遂の裁判で美和は、
「申し訳ない。被告を罪に問わないでほしい」
と裁判所に申告しています。(取材・文◎鈴木孔明)
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