2月21深夜、日本の女子フィギュアスケート陣が感動を与えてくれた。鈴木明子、村上佳奈子両選手の頑張り、試合後の鈴木選手のコメント「遅咲きでも可能性がある事を知ってほしい」旨の発言なども素晴らしかった。
そして、称賛の嵐だった、エース浅田真央選手のスケーティング。彼女の精神力に世界中が驚愕し、また涙する人もいたに違いない。視聴していた素人の僕でさえ、鳥肌が立つほどだった。画面を通してでさえ、鬼気迫るものがあった。
前日SP16位から、どうやってもメダル獲得は無理だろうという空気の中でのスケーティングだ。野球だと、九回ツーアウトからの逆転がありうる。反対にラグビーなら残り、一分で十点差がついていると、ひっくり返すのは無理だ。そういう時、選手ははっきり言って負けを覚悟する。しかし、それでも自分たちの練習の成果を無駄にしまいと体を張る。
浅田選手の心境はどうだったのだろう。メダルは取れないと悟りつつ(現に21日のコメントではそういう発言だった)パーフェクトな演技。奇跡のスケーティング。何という精神力。彼女は自分に打ち勝ったのだ。
そこに例の水を差す発言、森喜朗元首相・現東京五輪組織委員会会長(76)の「あの子、大事なときには必ず転ぶんですよね」である。これはツイッターでも非難轟轟だった。「森」で検索するだけで、「老害」「真央ちゃんに謝れ」といった趣旨のツイートが続出。僕はさすがに失言が過ぎると感じ、「前後の文脈がわからないが」という前提で、この発言だけみると選手を冒涜していると思った。そこで問題になるのが「前後の文脈」である。
TBSラジオの番組「荻上チキ session22」公式ウェブサイト(http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/02/post-259.html)では、その森元首相の講演での発言を書き起こしている。それによると、その後の発言はこうだ。
「開会式の翌日に団体戦がありましたね、あれはね、出なきゃよかったんですよ日本は。(略)せめて浅田さんが出れば3回転半をすると、3回転半する女性がいないというので、彼女が出て3回転半すると、ひょっとすると3位になれるるすもしれないという淡い気持ちでね。浅田さんを出したんですが。(略)結局、団体戦も惨敗を喫したという。その傷が浅田さんに残っていたとしたらものすごくかわいそうな話なんですね」
ここまで読むと、浅田選手を団体戦に出場させたスケート首脳陣を批判しているように見える。またこう続けている。
「転んだという事が心にやっぱ残っていますから、今度自分の本番のきのうの夜はですね、(略)なんとしても転んじゃいかんという気持ちが強く出てたんだと思いますね(略)だからそういうふうにちょっと運が悪かったなと思ってみております」
森元首相がどの程度、浅田選手の心情やスケート首脳陣の狙いを理解しているのかわからないが、これだけ読むと「団体戦に出すべきではなかった。そのせいで浅田選手に余計なプレッシャーを与える結果となった。個人戦に集中させるべきだった」という意味にとらえられる。浅田選手が団体戦に出場した事は個人戦にどのような影響を与えたのか。SPはあのような結果になったのか。時間をおいて専門家たちの解釈を待ちたいと思う。だが、これは別次元の問題である。
その指摘が万が一、当たっていたとしても冒頭の「あの子、大事な時には必ず転ぶんですね」は完全にアウトだろう。トップアスリートに対してねぎらいの気持ちやリスペクトがあまりに欠ける発言で、自国の代表選手をわざわざ「必ず失敗する」と断言する思考は理解に苦しむ。これまで何回浅田選手のスケーティングを見てきたというのか。デリカシーのない罵倒ともとれる発言が今や国民的ヒロインである浅田真央選手に向けられたのだから、いかに森元首相が国民感情とかけ離れているか。一連の非難は全文読んだとしても自業自得だと思える。真意がどうであれ、嫌悪感しか与えない言葉選びのセンスは、まさに失言金メダリストといってもいいだろう。
このデリカシーの無さで過去、何度も同じようにマスコミから総叩きにあっている森氏だが、その悪癖はいまだ治まっていない。なんとかは死んでも直らないというが、「おもてなし」を売りとした東京五輪・パラリンピックの組織の長はこんな男だ。2020年の開催まで残り5年、先が思いやられてしまう。
Written by 久田将義(東京ブレイキングニュース編集長)
Photo by 浅田真央 そして、その瞬間へ
【前回記事】
ソチ五輪で生まれた「メダルをかじるな」という奇妙な論調 by久田将義
[久田将義]拡張!東京ブレイキングニュース
『浅田真央選手発言「人間なので失敗することもあります。失敗したくて失敗しているわけじゃないです」』
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