川奈まり子の奇譚蒐集 キュリオシティ・コレクション

玄(くろ)の島|川奈まり子の奇譚蒐集・連載【九】

2018年06月17日 八重洲 奇譚蒐集 川奈まり子 黒島

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 八重洲(やえす)という地名は、東京駅で電車を乗り降りした経験がある人なら見聞きしたことがあると思う。東京駅には八重洲北口・八重洲中央口・八重洲南口という出入口や八重洲地下街というショッピングモールがあり、駅構内を歩けばそれらの案内表示を目にしないではいられないからだ。

 しかし、この地名の由来となると、東京者にもあまり知られていない。

 八重洲は「耶楊子(やようす)」の音韻を訛らせて当て字した造語で、耶楊子は、オランダの航海士「ヤン・ヨーステン・ファン・ローデンステイン(Jan Joosten van Lodensteyn 1557年頃~1623年)」の日本名である。

 ヤン・ヨーステンは1600年(慶長5年)、帆船リーフデ号で航海長の三浦按針ことウィリアム・アダムス他24名の船員と共に日本に漂着した。そして徳川家康に召しあげられ、江戸城のお堀端に屋敷を構えるようになったところ、そこが後に八代洲河岸(やよすがし)と呼ばれるようになり、現在の八重洲という地名に転じていった。

 ――私は東京生まれの東京育ちなので、自分がよく知る場所である八重洲からヤン・ヨーステンが辿りついた土地へ、そして遥かな海へと思いを馳せることでロマンを掻きたてられる。だから東京駅から話を始めたのだが――ヤン・ヨーステンやウィリアム・アダムスを乗せた帆船が辿りついたのは、現在の大分県臼杵(うすき)市にある黒島という小島の沖合いで、実は、今回のお話は、この黒島が舞台なのである。


fune.jpg写真はイメージです



7、8人の男女が泊まりがけで島へ上陸


 黒島は、臼杵湾の湾内北部にある周囲3キロの無人島だ。本土側の対岸から300メートルほどしか離れておらず、瀬渡し船で簡単に行き来できることから、昨今では夏の海水浴場やキャンプ地として人気がある。

 水に磨かれた円かな小石と白砂からなる遠浅のビーチ「黒島海水浴場」は、ガラスのように澄み切った水が空の青さを見事に映し、環境省の快水浴場百選に選定されている。
 また、黒島では昔から塩分を含まない真水が採れる。そのためか植生が豊かで、きわめて狭い島でありながら瑞々しい緑に全島が覆われている。気候は温暖で、千鳥の群れが飛び交い、春夏は南国風の花が彩を添える。

 明るく、楽園的な景観。しかし、そんな黒島には、今から1200~1300年前に造られた古墳が五基も発見されているのだという。

 これらは、古代、この地域で勢力を振るっていた海人部(あまべ)の墓だと考えられている。言うまでもないことだが、古墳には死者の遺体を葬る「玄室(げんしつ)」がある。黒島の古墳群は発掘調査がされておらず、千年以上の時を経た亡骸が今もそこに眠っているのだ。

 ――というようなことを考えるたちではない陽気な地元の若者グループが、黒島でキャンプをすることにした。
 10年以上前の出来事で、この体験談を提供してくれた石崎武夫さんたちは当時、高校生。現在は立派な社会人である。
 武夫さんが「時効だと思うので......」と前置きしてインタビューに応えて曰く、そのとき彼らが黒島に行った目的は、飲酒と、それから「出来ればセックスも」ということだったそうだ。
 高校の夏休み期間であり、7、8人の男女が混交した集団で瀬渡し船に乗り込んで、日中、黒島に渡った。

 当初から泊りがけで遊び倒すつもりで行ったのだが、貧しい家の子ばかりで、観光客が利用する正規のキャンプ場に払う料金の持ち合わせがない。そこで、人目につかない海辺の岩場を選んで、持参したテントを張った。
 海水浴場や海の家から離れていて、シャワーやトイレが使えないのが難と言えば難だが、「海でやりゃいいちゃ!」てなもんである。

 ラジカセを鳴らして、親からくすねてきたアルコール類を呑み、スナック菓子やファストフードの類を食べて、汗をかけば海で泳ぎ、夜遅くまで遊んだ。
 数人が集まると、たいがい特に仲がいい者同士の2人組がいくつか出来るものだ。武夫さんの仲良しはヨシキという同級生で、2人とも同じ臼杵市内のレストランでアルバイトしていた。あわよくば女の子と......という下心はどちらも抱いていたが、残念なことに、夜が更けるうちに2人ともあぶれてしまったことが明らかとなった。

「つまらんなぁ。俺は小便に行くけんど、おまえは?」
 そうヨシキに誘われて、武夫さんは彼とつるんでテントから離れた岩の後ろに行き、並んで一物を取り出した。
 さて......と小便をしようとしたそのとき、ヨシキのあちら側の隣の空間に、怪しい光の玉が浮かんでいることに気がついた。

 蛍光がかった緑色をして薄ぼんやりと光っており、人の頭ぐらいの球体の中に優しそうな老人の顔があって、武夫さんがギョッとして見つめた途端に、光の玉の中でそれが横に90度回転して、こちらを向いた。

「うわぁ! 出たぁ! ヨシキ、横ぅ見ちみぃ!」

ヨシキも魂消て悲鳴をあげたが、タイミングが悪く、光る老人の顔を見ても小便が止まらなかった。

「ど、ど、どんこんならーん! しょうがねぇけん、かけちゃるちゃ!」

 ヨシキは一物を握り直し、光の玉の下あたりをめがけて小便しだした。

「おまえもやれちゃ! 小便かけち、追い払うんや!」

 こう言われて、武夫さんもヨシキを真似て小便を放ちはじめた。

「うりゃ! 負けんど! 化け物あっち行け!」

 すると、緑色に光る老人の表情が変わった。それまでは温和な顔をして静かに2人を見守るようすだったのが、眉間に剣呑な皺を立てたかと思ったら、たちまち憤怒の形相になったのだ。
 しかも、球体の色も緑から赤に変化した。
武夫さんは震えあがったが、ヨシキはそれでもまだ強気で、「ガン飛ばしちょんのやねぇちゃ。バーカ!」と悪態をついて一物を振り回してみせた。


「俺たち悪さしたけん、祟られたんや!」


 ――先日、取材した折には「......まあ、アホでしたよね。俺たち」と武夫さんは私に話して苦笑した。今や標準語が板につき、田舎のやんちゃな少年の面影はほとんど無く、回想することを純粋に楽しまれているようすだった。

「酒が入って気が大きくなっていたし、女の子たちから相手にしてもらえなくてムシャクシャしてたから、騒ぐと気分が良かったんでしょうね。ヨシキの手前、気弱なところは見せられないと思って、虚勢を張っていた部分もあります。ヨシキも強がってたんじゃないかなぁ?」

 武夫さんとヨシキが小便を振り撒きながら罵倒するうち、光る老人の頭は暗い林の方へ飛び去っていった。見えなくなるまで2人は大声を張りあげて「化け物」を罵った。

 その後、テントに戻って寝ようとしたのだが、他の連中が眠りはじめると、外の音や気配が気になりだした。なんだか、テントの周りを誰かが歩き回っているようなのだ。やがてはっきりと、砂を踏んで歩く足音が聞こえてきた。
 気になって仕方がなかったが、肉体の疲労が勝って明け方には眠りに落ちた。起きたときには、テントの周囲に怪しい人影はなく、足跡も残っていなかった。

 テントを畳んで皆で再び瀬渡し船で黒島から引き揚げ、夕方、武夫さんはヨシキと共にいつも通りにアルバイト先のレストランに行った。
 2人は、このバイトをもう1年以上もやっていて、ホールも厨房も知りつくしており、ヘマや事故をやらかすことがなくなって久しかった。

 ところがこの日に限って2人とも、ビール瓶を落として割ったり、スライサーで指を切り落としそうになったり、揃って次々に失敗をする。
 ついには、厨房の隅でしゃがんで休憩していた武夫さんに向かって、出刃包丁が飛んできた。足もとの床に包丁が突き刺さって「ビーン」と刃が震動するのを見て、武夫さんはゾッとした。

「死ぬるところだど! 誰が包丁ぅ投げたんや!?」

 皆が首を横に振った。ヨシキも青ざめている。幸い2人はじきに上がりの時刻だった。少し早めに帰らせてもらうことにして、揃って従業員口から外に出ようとしたら、上から屋根瓦が落ちてきた。もろに頭に当たっていたら命がなかったと思われたが、ギリギリのところで2人とも無事だった。

 武夫さんはヨシキと顔を見合わせた。
「昨日ん化け物のせいかなぁ。俺たち悪さしたけん、祟られたんや!」
「すぐ謝りに行かな、ヤバいことになるかんしれん!」

 つまり、黒島で光る老人の頭の方に小便を掛けたり罵ったりしたから、呪われてしまったのだ――2人はそう考えたのだった。

 そこで翌朝、武夫さんとヨシキは身なりを整え、花束と線香を携えて、瀬渡し船で黒島を目指した。朝早くから高校生が夏休みだというのに制服のシャツを着て花束なぞ持って島へ行こうとするので、船頭というか船長と呼ぶべきか、そのとき瀬渡し船の操縦を担当していたのは、たまたま地元に長い年輩の男性だったそうだが――ともかく、その人が、「おまえら何しに行くの?」と不審そうに彼らに訊ねた。

 そこで武夫さんたちは、一昨日の夜からの一連の出来事を打ち明けた。
 すると男性は、黒島の古墳の縁起を語り、不敬なことをするものではないと2人をいさめたほか、こんなことも話したのだという。

「潮ん流れんせいか、こん島には漂流船や水死体が流れ着きやしいようなんや。古墳の死体ぅ納めちある玄室の玄ちゅう字ぃは、クロとも読むんやと......」

これを聞いて武夫さんは震えあがってしまい、ヨシキもすっかり怯えたようすで、2人してしゅんとして一昨夜、立ち小便をしにいった岩場を訪ねて花を供え、線香を焚いて手を合わせ、霊なのか神なのか定かではないが、黒島に宿っているに違いない何か超自然な存在に向かって、真剣に許しを乞うたのだという。(川奈まり子の奇譚蒐集・連載【九】)


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