朗読詩人 成宮アイコ 傷つかない人間なんていると思うなよ

#わたし、おかあさんになれない|成宮アイコ・連載『傷つかない人間なんていると思うなよ』第七回

2018年02月07日 SNS 成宮アイコ

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#わたし、おかあさんになれない

 「子どもが欲しい」と思えたことがない、ということが、わたしの一番大きなコンプレックスです。

 SNSで #あたしおかあさんだから というタグが作られ、さまざまな意見が飛び交っています。このタグは、絵本作家さんが書いた「あたしおかあさんだから」という曲の歌詞への意見としてはじまりました。これから書く文章は、この曲についての分析や批評ではないので、歌詞に興味のある方は検索をしていただければと思います。(ただし母親からの重圧や束縛についてフラバの危険がある方はご注意ください)

 まずは、おかあさんにはなれない、わたし自身のことを書きます。


早く子どもを産みなさいね

 夏になると、すぐにじんましんができます。何に反応してしまうのかわからず、新宿駅西口の総合クリニックでアレルギーの検査を受けました。50代半ばくらいの女性医師は、検査結果の青白い紙を見ながら、「特に異常はないです、女性は子どもを産むと体質が変わることもありますからね。早く子どもを産みなさいね」と言いました。

 この連載でたびたび触れてきたように、わたしは "穏やかではない家庭環境" で育ったため、「子どもを育てる自分」を想像できないのか、「家族の愛情を受けている子どもに嫉妬してしまう」からなのか、自分が母親になるということに対して、一言ではとても言いあらわせない気持ちを持っています。世間ではこじらせ系と呼ぶのかもしれません。

 即死のクリティカルヒットを出された気分でしたが、"近所にいるおせっかいなおばちゃんの親切心" で言ったのかもしれない、と奥歯を噛みしめる思いで、「そうですね」と席を離れました。しかし、やはり我慢ができず、「でもそれはわたしの自由です」と言って悲しい気持ちでドアを閉めました。

 泣きたい気持ちで外に出ると、悲しみは震えるような怒りに変わりました。怒りにまかせて苦情のメールを送ろうとクリニックのサイトを開いたのですが、お問い合わせフォームがないことに気づき、もういいや、と思いました。駅前を小さな女の子と手をつないで歩いている父親、隣にはベビーカーを押す母親。うらやましいなぁと思って目で追いました。このうらやましい感情の対象は、母親ではなく、小さな女の子に対してです。「両親がいて愛されている。うらやましい。」
 そう。だから、わたしはお母さんになることがこわいのです。

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おかあさんになることを夢に見たことがない

 もう少し前まで振り返ってみます。
 幼稚園の七夕まつり、わたしは短冊に、「水道屋さんになりたい」と書いたそうです。(多くの女の子たちが「ケーキ屋さんになりたい」「おかあさんになりたい」と書いている中、「水道屋さん」と書かれた風変わりな短冊を見てわたしの母親はすごく笑ったそうです。)

 水道屋さんになりたい理由はまったく思い出せないのですが、当時から「おかあさん」になる自分の姿の想像はできませんでした。この想像の欠如は、のちのち支障が出ることになります。女の子がよく遊ぶ、「おかあさんごっこ」。この遊びで一番人気の役はもちろん、"おかあさん" です。役割はじゃんけんで決まります。子どもながらに体裁を気にして、"おかあさん" 役の争奪戦に参加をするのですが、じゃんけんで勝ってしまった日には困ってしまいました。何をしたらいいのかわからないのです、セリフがひとつも思い浮かびません。だって、夢に見たことがないのです。わたしはいつも、何もしゃべらなくても可愛がってもらえる "あかちゃん" の役を望んでいました。会話劇に参加できないその役はいつも不人気です。


親が幸せではないと、子どもは悲しい

 新潟に、お笑い事務所の「NAMARA」という会社があります。そこに「引きこもりの息子を助けてほしい」という相談が届いたそうです。どうやらそのおかあさんは1日中、家にこもって食事から買い出しから子どもの何もかもの世話をして毎日を過ごしているとのこと。NAMARAは「おかあさんはまずは家から出てみては?」と、事務所に呼び、事務作業の手伝いをしてもらったそうです。おかあさんはそこで新たな人間関係を築き、趣味を見つけ、自分のための時間を作れるようになります。すると、不思議なことにひきこもりは自然と解決をしたそうです。もちろんこれは運が良かったケースで、全てがこのようにうまくいくわけではありません。

 それでも、わたしはこの気持ちがわかるような気がするのです。

 わたし自身、精神状態が一番良くない時期に考えていたのは、「自分がうまくできないから、産んでくれた母親に申し訳ない」ということでした。だから当時、母親が趣味の映画鑑賞に出かけてくれることは救いでした。これがもしも、あなたのために! と四六時中気にかけられ、全ての時間を犠牲にされてしまったら、その期待や苦労に答えられない自分自身の不甲斐なさに押しつぶされていたかもしれません。

 子どもは、親が幸せではないと罪悪感を感じてしまいます。
 罪悪感がふくらむと、自分の人生を生きることができなくなります。思いやりは大切ですが、人生の判断基準が母親の顔色を伺うことであってはあまりにも危険ではないかと思うのです。

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誰の口も封じないでほしい

 ここで、話を戻します。
 「あたしおかあさんだから」の歌詞を読んだときに、ところどころ透明の文字で『だからわたしの思い通りに育ってね』と書かれているような気がしました。あなたのために我慢しているの、あなたのために趣味はやめたの、あなたのために! これは、前回のコラム『他人の壁を勝手に取っ払おうとしないでほしい』に書いたような、笑顔の脅迫に似ています。

 それと同時に、「(批判にしろ肯定にしろ)おかあさんじゃない人が言うな」「産んだこともないくせに言うな」という口封じの怖さも感じました。そういった意見はごく少数でしたが、わたしが勝手に検索をしたため目にしてしまい、口をふさがれた気持ちになりました。わたしはおかあさんじゃないけれど、感じたことがあります。男性だって言いたいことがあるでしょう。おかあさんじゃなくても、思うことは言ってもいい。立場によって感情をさえぎることはできないのです。

 さらに、東京都議会で起こった塩村文夏議員へのヤジ発言、「産めないのか」がフラッシュバックしました。ごっこ遊びの苦痛を思い出しては、自分自身の母性の欠如に目をつむりたくなります。自分には何かを愛したり可愛がったりする機能が欠落しているのではないか、たとえ恋愛をしたとしてもおかあさんになれない自分は価値がないのではないか、「おかあさんじゃないくせに」「産んでもいないくせに」の対象になるわたしは劣勢なのだろうか。

そして、おかあさんにはなれないわたし

 そんなとき、10代で双子のおかあさんになった友人からメールが届きました。

「もっと遊びたいって思ったし、まわりがうらやましいこともたくさんあったけど、別の形の幸せがあるからこの人生でよかった〜! アイコは子どもを産みたくないっていうけど、それもそれでいいんだよ。誰かができることは自分にはできないかもしれないし、自分にできることが誰かはできないかもしれないからね。あたし適当だし、おかあさんだから立派なんて幻想だよ〜(ペロっと下を出したにこちゃんマーク付き)。」

 彼女は見た目はギャル系で、イマドキの風貌をしています。そのせいかときどき、「ちゃんと育ててるのか?」と失礼なことを言われることがあるそうです。双子の女の子は全然人見知りをせず、一回しか会ったことのないわたしに、「お仕事がんばってね」とか「今日はプリンを作りました」とか、かわいい写真付きのLINEを送ってくれます。おかあさん(=わたしの友人)の内緒話も教えてくれます。血も繋がっていなければ、幼少期も知らないのに、わたしは彼女たちがかわいくてしかたありません。

 文章を書いたり、詩の朗読ライブをしている中で、同じような生きづらさを抱えた人に出会ったときに、人の人生はとても愛おしいなと感じます。それぞれのあなた(あるいは、わたし)が生きてきた道を想像します。わたしから見たら、紆余曲折して今にたどりついているあなたの人生は尊く見えていますが、本人は憎み捨てたがっていたりします。他人のわたしにはその気持ちを変えることはできません。それでも、「わたしには尊く見えています」と言い続けていたいのです。もしも、この気持ちが届かないとしても。正確な母性というものが存在するのかはわかりませんが、これも「命のことに愛をもつ」母性の一部と呼ばせてもらえたら嬉しいです。

 早く子どもを産みたい人、子どもを産みたくない人、身体的には男性だけど子どもを産みたい人、結婚はしたくても母親にはなりたくない人、恋人がいらない人、家庭がほしくない人。そして、おかあさんにはなれないわたし。人の数だけ選択肢があります。正解も不正解もありません。強いて言うならば、全て正解であってほしいです。
わたしたちは、自分自身を自由に選んで良いのだから。

 最後に、「あたしおかあさんだから」の主人公の "おかあさん" がいるとしたら、せめて、「あたしおかあさんだから......でも、あたしの話も聞いてよねっ!」と、気軽に言える環境であるようにと願うばかりです。

(そしてやっぱり、全てのおかあさんおとうさんに思います。命を産みだすってすごいなあ!)

文◎成宮アイコ

https://twitter.com/aico_narumiya
赤い紙に書いた詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。
朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ全国で興行。
生きづらさや社会問題に対する赤裸々な言動により
たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと決めている。
2017年9月「あなたとわたしのドキュメンタリー」(書肆侃侃房)刊行。

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