みんなと同じだと思ったら、全然ちがっていたという経験はないだろうか。特に育った地域での慣習について。私の場合、まず衝撃を受けたのは「無言清掃」である。
小・中学校の清掃の時間は私語禁止だった。黙々と清掃する決まり。これは世の常識だと思っていたが、どうやら私の出身地である長野県だけの慣習らしいことをずいぶん大人になってから知った。
数年前にバラエティー番組で取り上げられたらしく、放送後にいろんな人から「長野県て清掃時間に喋っちゃいけないの?」と聞かれた。何を当たり前のことを言ってるのだと思ったが、「あり得ない」「信じられない」と驚かれた。
ショックだった。でも確かに考えてみるとおかしい。いかに綺麗にするかというより「いかに黙って行うか」のほうに重点が置かれていたように思うからだ。
小学校の頃は清掃時間に「紅白帽」の着用を義務付けられていた。班長に私語を指摘されたら帽子の色を白から赤に変えなくてはいけない。みんなが白のなかで、ひとりだけ赤は目立つ。その恐怖で無言清掃を受け入れていた。あれが地域限定の恐怖だったなんて......。
そして今週、衝撃の事実をさらに知ってしまった。「クラス替え」である。
横浜の公立中学の教師が「思うようなメンバーにならなかった」とクラス替えの不満をツイッターに投稿し、学校側は「生徒や保護者との関係を失った」として担任を外したと発表したニュースがあった。
この話題がいまいちピンとわからなかったのである。というのは私は中学・高校とずっと同じクラスだったからだ。それぞれ3年間クラス替えはなかった。それが常識だと思っていた。このことを出演している「荒川強啓デイ・キャッチ!」(TBSラジオ)のスタッフに話したら「え、ホントですか、それ?」。一様に驚いていた。
さっそくスタッフが長野の放送局の人に聞いたら「クラス替えしたことないです」という答えが。さらに、同じ番組に出演しているジャーナリストの青木理さんにも尋ねたら「クラス替え? そんなのあるの?」という答えが。ほら、ほら、やっぱり!
こうなると横浜のニュースより「なんで長野県はクラス替えをしないのか」を調べようということになった。長野の教育委員会に電話した。応対してくれた方は「理由の一つは、江戸時代の寺子屋の名残ではないでしょうか」と教えてくれた。
長野県は寺子屋に熱心で、地域の人がお金を出してたくさん寺子屋をつくったという。だから学校のクラスにも寺子屋的な濃密な関係を求め、入学から卒業まで同じクラスが続く風土があるのでは? という解説だった。※ちなみに現在はクラス替えをする学校や地域も増えてきたという。
知らなかった。自分の育った地域の慣習が「珍しい」だなんて。
最近、主語が大きい人がいる。「日本は」とか「我々日本人は」とか当然のように使う人がいる。でも「日本は」という前にまず「ウチの故郷では」からでいいんじゃないか? とも思う。もっと身の回りの話からでいい。今回あらためて実感した。
日本は広いんだから。
Written by プチ鹿島
Photo by ai3310X
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