覚えているだろうか「女子大生ブーム」を 私が完全に乗り遅れた原因は“西武線のせい”だ|中川淳一郎

高校3年生まで必死に勉強をし続けてきた男どもは、「大学に入ったらついにワシは“女日照り”状態から脱出し、トレンディーな生活を送るのじゃ、ガハハ!」などと思ったら、同級生は男だらけ。他の大学の学生が容易に六本木での合コンに参加でき、西麻布のカフェバーなどに2次会で行き、後はトレンディーなハッスルターイム! みたいな話をしている中、我々はとにかく六本木に着くだけで疲労困憊。

いつしか「オレら、国分寺より東に行きたくねぇ……」となってしまったのだ。当時、一橋大学は1・2年生が小平で、3・4年生は国立(くにたち)だった。小平キャンパスの本館は私の記憶だとエンジ色か紫っぽいボロボロの監獄のような建物で、初めて行った時は「えぇとぉ、ここって本当に大学なのか?」と思ったほどだった。

何しろ、デザイン性もクソもないような薄汚い建物だらけで、「ちょっと広い高校」みたいな感じでしかないのだ。しかも、整備されていないグラウンドからは砂埃が舞うのである。夕方、家に帰る時にティッシュを鼻の穴に詰めて壁面をこすると砂が大量に付着した。