あなたの知らない京都観光ルート 清水の舞台はいったい“何のために”造られたのか!?|Mr.tsubaking

かつて、貴族や上流階級は火葬をしていましたが、水分の多い人間の死体を燃やすには大量の木材と技術を必要とし、庶民には経済的に不可能な方法でした。
そこで庶民は、死体を谷に投げ捨て雨風で腐敗しきるまでほったらかしにする風葬や、死体を木に吊るして取りに食わせる鳥葬などを行っていたのです。

その場所の1つがここ鳥辺野。

立ち並ぶ墓石には「南無阿弥陀仏」や「倶会一処」と言った文字が多く刻まれています。これは浄土真宗などで読まれる阿弥陀経に出てくる言葉で、親鸞の近くにいたいと願う日本中の浄土真宗門徒がここへ埋葬されるためです。

さて、かつてはこの谷に死体を投げ捨てていたというのは前述の通りです。ではいったい、それは「どこから」投げ捨てられていたのでしょう。