「仲間が馬鹿にされたから」 顔面をサッカーボールのように蹴りまくった男 私は法廷で被告人の正義ヅラに反吐が出そうだった

仲間を馬鹿にされて腹が立つ、ということは理解はできます。しかし、この場合はただ単に「仲間のために」という大義名分をつけて暴力で相手を屈服させたかっただけのように感じます。

自分の暴力行為の正当化のために「仲間」を持ち出すという彼の考え方は「仲間想い」という言葉から最もかけ離れたものです。どんなに美しい言葉で表面を取り繕ったとしても中身が悪意ならそれは単に悪意でしかありません。

暴力をどう理由付けしたところで暴力以外の何物でもなく、現実の社会では刑事罰の対象なのです。(取材・文◎鈴木孔明)

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