あの時代、男たちはなぜ電車の網棚に読み終えた雑誌や新聞を置いていったのか 平成大人の暗黙ルール|中川淳一郎

読み終わった人は「これ、読みたい人はタダで読んでいいからな」と電車を降りる時に網棚にポーンと乗せる、小粋な大人的対応をしていたのだ。後から来た人、座っていた人、車内にいた人はその新聞や雑誌を取っても猛烈な冷たい視線を浴びることはなかった。

 

 そしてその男も読み終えたら「これ、読んでいいからな」とばかりに置いていく。かくして「知の連鎖」「無言の男の伝言」といった光景が電車の中では展開されていた。さらには駅の新聞・雑誌入れを漁る人もいた。キチンとしたスーツをきたオッサンだったりもしたのだが、これを特段恥と考えることなく拾っていたのである。

 

 こうした行動が頻繁に観られていたのだが、やはり中には「さすがにゴミ箱を漁るのは紳士の嗜みとしていかがだろうか……」と悩む人も登場する。そうした人々の躊躇心を突いたのがホームレスの皆様方である。

 

 彼らは両手に麻のようなもので作られた頑丈な手提げ袋を持ち、網棚の上やホームのゴミ箱から雑誌をあさり、それをバシバシと詰めていくのだ。満杯となったこの袋を「雑誌取り仕切り人」みたいなオッサンに渡し、報酬をもらう。

 

 後は駅前で「1100円」と段ボールの裏かなんかに書いた値札をブルーシートみたいなものの上に乗せる「販売人」が次々と売っていく。ホームレスは100円のうち何割がもらえるのかは分からないが、あれだけホームレスを見かけただけに相当売れていたのでは。

 

 カネのない学生なんかも「うひゃー、得しちゃった!」なんて言いながら5冊も雑誌を買ったりしていた。まともな格好をした管理職風オッサンまでこの「100円雑誌」を買っていたのである。

 

参考記事:ここ3年で休刊した雑誌46誌を羅列 職を無くした編集者・ライターは今どうしているの? | TABLO