下北沢を舞台に二人の青年の夢が交錯する 実話をもとにした映画『あとがき』 主演・猪征大インタビュー

猪征大 下北は僕のイメージだと自分らしく生きている人の集まりだなっていうのが、特に8年前に僕が住み始めた頃は印象的でした。それはファッションに大きく出るなと思いました。着ている服が見たことない、どこで作っているのか、全部手作りなんじゃないかという服装の人が多いなという印象と、夜に街を歩いてると、僕だったらやらない、人目をはばからずにはしゃいでる人とか。真冬なのに薄着で駅前で自分の歌を泣きながら歌っている人とか(笑)。

ホテルマンとしての勤務経験も持つ。

あと、実際に下北でひとり芝居してる人に会ったことあるんですよ。駅前で人がいない中、一人のお兄さんが立っていて、「お金くれたら一人芝居します」みたいに書いてあったんです。僕は普段そういう人にあまり話しかけないんですけど、向こうから「お兄さん、何か芝居観たいっしょ」みたいなこと言われて。

「雨に苦しんでる芝居します」と、数秒間だけやり始めたんですね。僕は100円払って見せてもらって「ありがとうございます」って言ったら「俺、渋谷でもやってんだよ」「そうなんですね、わかりました」とか言って。その後もたまにその人を渋谷で見かけたんですよ。ハチ公の脇ぐらいの横断歩道の前に立っていました。でも、ごめんなさいですけど顔伏せて通り過ぎました。そういう人がいたりで、下北は「俺はこういう生き方なんだ!」っていう人が昔の印象です。ただ時間が経って駅とか風景がものすごい変わりましたね。

――では、街そのものから受けた影響はあったわけですね。

猪征大 そうですね。ただ僕はそこで素直になれなかった側かもしれない。あんまり「自分をさらけ出すんだ」みたいなのは億劫な性格だったので。でも、うらやましいなと思っていました。たぶん後先考えずに、この人はこんなに酔っぱらって騒いでいるけど明日バイトとかないのかなとか思うと、今を生きているなっていうのはうらやましかったです。

――なので、この役をやってから春太のような人の気持ちがわかったりした?

猪征大 あります。当時はちょっとバカにしている部分もあったんですね。こんなことして何になるの?って。例えば芝居も僕が100円払って、ものすごく心が動いたりしたらまた違ったんでしょうけど「ただ大きい声出して動作しただけじゃん」みたいな。一人芝居をする役をやってみて、「俺がいま街で一人芝居やれって言われたらできるか」って考えたら、「これは相当根性ないとできないよな」と思ったんです。「あのお兄さんすげえな、根性あるんだな、バカにしてごめんなさい」って気持ちになりましたね。きっとあの人も何かと闘っていたんだと思います。

――自分の半生の作品みたいなものを初主演という形で観てもらえるわけじゃないですか。観る人にどんなものを与えたいとか、観たうえでどうしてもらいたいとかはありますか?

猪征大 素直に、僕のことを俳優・猪征大として知っている人って世の中にまだ全然少ないので、きっと観てくれる人は身近だったり、これまで応援してきてくれた人だったり、少なからず何かの作品を観て僕のことを好きになってくれた人になってくると思うんです。僕が役者をやりたいと思ったのは、観てくれた人に元気や活力を渡せる職業だと思ったので、僕も知らない誰かにそういう気持ちを渡すことができるように役者を頑張ろうと思ったんですね。まずはそういうことができる一歩になったらいいかなと思っています。

●「一本でいい。誰かの心に残る作品を演じたい」

――ここから名を広めていって、目標とかこの次はどこを目指すとかはありますか?

猪征大 最初は夢だった俳優というものが、あるときから夢じゃダメだなと思うようになってきました。あくまで目標とか通過点って考えるようになったときに、色々やりたいことが出てきたんですよ。まだ口に出してないものもありますし、そこはまだ自信がないし。でもやりたいことはいっぱいあるんですよ。

一番大枠で目指すところでいうと、映画やドラマを観る方々はいろいろ観てきてると思うんですけど、「一番好きなの何?」って言われたら「私はこの作品」「僕はこの作品」ってマイ・フェイバリット・ムービーというか、心に残っている一作がきっとあるじゃないですか。人のそれに残れるような役者でありたいというか、そういう作品をつくる役者になりたいっていうのが目標です。有名になりたいとか、こういうドラマに出たい、あの人みたいになりたいっていうよりは、「一本でいいので誰かの心に残る作品をつくる役者になりたい」というのが目標です。