誘拐された横山ゆかりちゃん
前回まで。
「サングラスのおじちゃん...」 横山ゆかりちゃん失踪事件を未解決にしてはいけない!(1)
http://tablo.jp/case/news003266.html
過去に発生した事件を振り返った時、ゆかりちゃんの事件と極めて類似した事件がいくつも発生していることに気づく。
「1987年に相次いで発生した朋子ちゃん事件や功明ちゃん事件の犯人が、もしかしたら10年近くたって、再び犯行に動いたのではないか、という噂も飛び交いました。実際、ゆかりの事件が解明されれば、過去の未解決事件解決の足掛かりにるのではないかという話を警察の人から聞いたことがあります」(ゆかりちゃんの母親)
ゆかりちゃん事件現場。朋子ちゃん事件の尾島町と五キロしか離れていない
功明ちゃん事件は1987年9月14日に、朋子ちゃん事件は、9月15日に、相次いで群馬県内で発生した事件である。どちらも犯人はまだ逮捕されていない。
功明ちゃん事件は高崎市で発生した事件で、太田市からは少し距離がある。当時、まだ5歳だった幼稚園児、萩原功明ちゃんが「(自宅近くの)神社に遊びに行く」と家を出たまま、行方不明になったものだ。犯人から身代金を要求する電話もかってきたが、捜査の甲斐もなく、16日の昼過ぎに市内の川で遺体となって見つかった。(宮崎勤事件には「5人目の犠牲者がいた」のではないか? この「未解決」説を追う 最終回)
もう一つの朋子ちゃん事件は、太田市のすぐ南西隣にある尾島町で発生した。現場は国道354号の線すぐ近くで、ゆかりちゃんの事件とかなり類似しているのが特徴だ。
ゆかりちゃん事件現場。右手がパチンコ店。左が両親が車を停めた駐車場
ただ一点。大きく違うのは、ゆかりちゃん事件が行方不明事件であるのに対し、朋子ちゃん事件は誘拐殺人事件であるということだ。
朋子ちゃん事件の詳細は本サイトで既報のこちらをご覧頂きたい。
http://tablo.jp/case/society/news003219.html
http://tablo.jp/case/society/news003225.html
http://tablo.jp/case/society/news003238.html
北関東で多発する幼児事件
そして、類似事件は他にもいくつも周辺で発生していた。
太田市のすぐ東となりの栃木県足利市でも、1979年から1990年にかけて、4歳から5歳の3人の少女が相次いで何者かに連れ去られ、死体となって見つかる事件が連続して発生した。三件のうちについてはパチンコ店付近で行方がわからなくなっている。ゆかりちゃん事件のパターンに非常によく似ていた。
最初の事件が起きたのは1979年8月3日のことだった。福島万弥ちゃん(当時5歳)が足利市内の神社の境内で行方不明になった。9日になって河川敷で、リュックサックにつめられた万弥ちゃんの無残な絞殺体が発見された。
84年11月17日には長谷部有美ちゃん(当時5歳)が市内のパチンコ店付近で行方不明になった。86年3月になって、自宅から約1.7キロ離れた畑の中で、有美ちゃんの白骨化した遺体と衣服が見つかった。
90年5月12日、今度は松田真実ちゃん(当時4歳)が市内のパチンコ店駐車場付近で行方不明になった。そして翌13日、渡良瀬川河川敷で真実ちゃんの絞殺体が発見さされた。
一連の事件は、全て足利市内で発生しているうえに、少女を対象に、しかも誘拐の手口も似ていることから同一の犯人による犯行の可能性が高いとみられた。
捜査は難航したが、91年12月になんと有美ちゃんの通っていた幼稚園の運転手A(当時45歳)が有美ちゃんの殺害も自供したとされたが、物証が乏しく、真実ちゃんの事件についてのみ、起訴されることとなった。
しかし、公判が始まるとAは否認に転じた。弁護側がーは数少ない物証の一つ(真実ちゃんの遺体に残されていた退役とAのDNAのA型が一致)であるDNA鑑定では300通り余りまでしか分類できず、足利市内でも数百人は同型のDNA型の人間が存在するとして、証拠不十分で無罪を訴えた。
2000年7月27日までに、最高裁はAの上告を棄却する決定を出したため無期懲役の実刑判決が確定したが、その後8月にA側は日本弁護士連合会の人権擁護委員会に対し、「あくまで無実である」として、人権救済の申し立てをした。
Aが本当の犯人なのか否かは、私には分からない。しかしゆかりちゃん事件の足利市の連続幼女誘拐殺人事件のいずれもが、非常に類似したパターンで犯行がなされているのは事実だ。そして、ゆかりちゃん事件が発生したのはAが警察に拘留中の時のことだった。
ゆかりちゃん事件現場の国道
一連の事件の全て同一犯と断じるのは、あまりにも軽率ではあるのだが、良くなくともゆかりちゃんを誘拐した「あなた」は今もどこかでその罪を罰せられることなく、息をひそめているのは確実だ。もしかしたら再び新たな犯行を犯そうと、機会を狙っているのかもしれない。
これらの事件の関連性をこれ以上、書き続けるのは控えよう。ただ、いずれも類似したパターンをたどった事件であり、しかも奇妙に太田市とその周辺で集中して発生した、とだけを書きとどめよう。
それにしても、太田市周辺では、なぜこんなにも犯罪が多発するのだろうか。(文◎石川清「ダークサイドJAPAN 2000年10月号」より加筆)
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