辛坊治郎を救った飛行艇がインドへ…戦後初の「軍用機輸出」に国内メディアが沈黙を守る理由
〈インドに飛行艇輸出へ 航空宇宙、海外を開拓〉
1面トップにでかでかと見出しが躍ったのは、『日本経済新聞』5月27日付朝刊だった。日印両政府は同月29日の首脳会談で、〈海上自衛隊に配備している水陸で発着が可能な救難飛行艇「US-2」のインドへの輸出に向けて協議する〉と書き出す。
〈実現すれば日本としては防衛装備品の民間転用による輸出第1弾となる〉ともあるが、もっと分かりやすく言えば、「戦後初の軍用機輸出」ということ。記事の影響はそれなりに大きく、他紙も追いかけ、US-2を製造する新明和工業の株価は跳ね上がった。
軍用機になじみ薄い人にとっては、太平洋横断ヨット旅行中、荒波に呑まれて遭難したニュースキャスターの辛坊治郎らを救援した、あの航空機と言えば、思い出すかもしれない。
この機種をインドに輸出するという話、過去の経緯を探ると不可解な点がある。
まず、事の始まりは2011年1月、インド国防省の決定だった。印PTI通信は2011年2月6日付で配信した記事で、国防省は水陸離発着が可能な航空機9機の調達を決定したと報じ、印海軍がカナダとロシアのメーカーに対し、〈近日中に情報提供依頼書(request for information)を交付する〉と伝えている。
情報提供依頼書(RFI)とは、発注元がメーカーに対し、性能、諸元や価格などの情報を開示するよう依頼するもの。機種選定の第1段階となる。
この段階では、内外メディアにUS-2は登場しない。だが、この頃、新明和にはRFIは届いたようだ。『日経』2011年7月2日付朝刊に載った記事にはこうある。
〈防衛省はアジア輸出を念頭に置いた防衛装備品の民間転用を認める。第1弾として、新明和工業が海上自衛隊に納入する救難飛行艇「US2」について改装に必要となる技術情報を開示する。新明和は消防飛行艇としてインドやブルネイへ売り込みを始めた〉
防衛省が新明和に開示した情報とは、印海軍のRFIに記載すべき情報のことだろうと想像できる。
その後、国内報道はほとんどなくなる。2011年末までの間、わずかに『産経新聞』と海外進出企業向けニュース『NNA』が、新明和がインドにUS-2を売り込んでいることを伝えただけだ。
しかし、インド紙は同年11月2日に重大な進展があったことを報じていた。『インディアン・エクスプレス』紙は11月17日付で〈日本、インドに対し初の航空機提供の意向〉と題した記事を載せた。
記事は、日本は軍用品輸出に慎重な姿勢を取ってきたが、印海軍に多目的水陸両用機を売却する意向を伝えたとして、こう続ける。
〈関係者によれば、A.K.アントニー国防相が先月、訪日した際、この件が討議され、日本側は高度な軍事技術をインドに提供することを表明、共同開発の可能性にまで言及したという〉
さらに、〈日本政府は新明和工業に対し、印海軍から受けたRFIに回答する許可を与えた〉とも明かし、新明和はすでに回答し、そこには〈新明和SS 3 Iという航空機〉が記されていたことを報じている。
新明和資料によれば、「SS-3」は〈US-2型救難飛行艇の社内名称〉という。末尾の「I」は「インド仕様」という意味だろう。要は、「US-2」のことだ。
この記事は、軍事業界紙や中国メディアには転電されたが、不思議なことに国内メディアは報じた形跡がみられない。少なくとも地方紙や雑誌も含めた主要メディアをカバーする、ニフティ「新聞・雑誌横断検索」や『日経』の過去記事検索では、2011年中に報じた記事は見当たらない。
国内各紙は信憑性が低いガゼとみなしたのだろうか。しかし、新明和は2012年4月24日付で〈水陸両用飛行艇の輸出活動を本格化 4月1日付で「飛行艇民転推進室」を設置〉と発表、〈インドにおいて水陸両用飛行艇を導入する計画がある〉と、断定的に書いている。インド紙のスクープはやはり本物だったとみる方が自然だ。
ちなみに、記事にある日印防衛首脳会談の後、両国がまとめた記者発表文には、〈海自とインド海軍は、機会を捉えて、艦艇、航空機の相互訪問及び二国間訓練を実施する〉とあるぐらいで、US-2のことは全く触れていない。「武器輸出三原則」を根拠に、左派が「戦後初の軍用機輸出」をつぶさないように政府が情報を伏せたのだろう。
その後、インド政府が機種選定を終え、US-2に決めたという情報はない。となると、今年5月に『日経』1面トップに載った「インドに飛行艇輸出へ」のニュースバリューはだいぶ色あせてくる。なにしろインド紙が報じてから1年半も経っているのだ。
実は今、オーストラリア海軍も海自の「そうりゅう型」潜水艦に搭載する技術を入手する意向をみせており、現地メディアはたびたび報じている。軍用機ではあっても、機関砲などの武装をしないUS-2のインド輸出を実現させ、その後は兵器であることが疑いない潜水艦輸出につなげようということなのか。国内メディアの地味な扱いをみると、そんな疑問がわいてくる。
伝説の反権力スキャンダル雑誌『噂の真相』元編集長 岡留安則「自民党の勝利と沖縄の民意」
Written by 谷道健太
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