コロナは我々をタフにさせてくれるのか 米食からパン食に変わった平成の米騒動から学ぶコロナ後の生活|中川淳一郎

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コロナにより世界の物流が制限されているのと、バッタの大量発生により、世界的な食糧難が懸念されているが、平成の時代にも「米騒動」があったのを覚えているだろうか。1993年(平成5年)、記録的な冷夏のため米が不作となり、秋になると店から米が消えてしまったのだ。

自分が生まれた1973年はオイルショックが起きた年で、当然記憶はないのだが、この米騒動は「世界がヤバいことになっている」と生まれて初めて感じさせる騒動だった。

ソ連のアフガニスタン侵攻、フォークランド紛争、天安門事件、湾岸戦争などのニュースは見たものの、外国の話だったためどこか部外者意識があった。だが、日本国内でパニックともいえる米騒動が発生したのである。それも平成の時代に、である。何しろ米騒動なんてものは大正時代の暴動であると歴史教科書で学んだような話としか思っていなかった。

現在のコロナ禍も「世界がヤバいことになっている」最大級のもので、平成の米騒動はそれに比べれば大したことはない。だが、混乱時における「当事者性」ってヤツを20歳にして初めて感じたのである。それは「この世の中は何が起こるか分からない」ということをも意味する。

 

参考記事:平成にコロナ禍が起きていたら どんな「巣ごもり」をしていたか 『電波少年』『スーファミ』『セクシービデオ』…|中川淳一郎 | TABLO