紀州のドン・ファン事件で気になる「ウラの司法取引」という捜査手法|李策
日本では2018年6月1日から、他人の犯罪事実を取引材料にして自らの不起訴や刑の減免を得るという「捜査公判協力型」の司法取引が導入されている。この手法は例えば、同年11月に幕を開けたカルロス・ゴーン事件でも用いられた。ゴーン逮捕に踏み切るため、東京地検特捜部は複数の日産自動車幹部と司法取引を行ったとされる。
ただし、こうして正式に導入された司法取引は、談合や脱税、贈賄など企業の関わる経済犯罪、薬物銃器犯罪や特殊詐欺などの組織犯罪を対象としており、須藤早貴容疑者のケースは当てはまらない。それでも実際のところ、捜査現場で実質的な司法取引が行われる余地は残るのだ。どういうことか。
数年前まで窃盗罪で服役していた元暴力団組員の男性がいる。筆者が男性と知り合ったのは、ある強盗殺人事件の取材のためだった。
男性は日本人と中国人の混成強盗団のメンバーとして、複数の犯行に関わっていた。その強盗団はある時点で内部抗争に発展し、主要メンバーと男性は敵対関係にあった。
警視庁は強盗団を捜査する過程で、この男性も逮捕・起訴するのだが、捜査陣が最重要視していた強盗殺人にこの男性が関わっていないと知るや、実質的な司法取引を持ち掛けたのだ。捜査官は、男性にこう持ち掛けたという。