能町みね子が日体大相撲部齋藤一雄監督に聞く 相撲の稽古・技術・そして大相撲 第3回

齋藤先生 そうですね。あともう1つ、「心技体」と言いますよね。私は、心と体と技は足し算じゃないって学生に言っているんですよ。技と体は足し算でもいいけど、心は掛け算だと。だから、心がゼロになっちゃうと全部ゼロになります。

能町さん ああ、そうですね。

齋藤先生 例えば何十連勝したという力士が過去には何人もいます。でも、負けるとまた次の日負けてしまったり、2日後も負けたり、数学的には考えられないような結果になるんですよね。これって、心が影響しているとしか言いようがないわけです。
近い例でいうと、先場所(2021年秋場所)の貴景勝関はケガをしていて必死になってやって勝ち越して、そのあと、過去に負けたことがなかったウチの卒業生の妙義龍(平成21年卒)に負けたりしました(13日目、過去に13戦全勝の妙義龍に対してすくい投げで負け)。その後も負けて8勝しかできませんでした。そういう人はいっぱいいるじゃないですか。昔だと「クンロク大関」(註・9勝6敗程度で終わる大関のことを揶揄してこう呼ぶ)なんて言い方しましたけど、勝ち越すことに必死になってしまうとそういう結果になってしまうでしょうし。そういう点では、心技体の心の部分が与える影響は大きいんじゃないかなと思いますね。

能町さん それは、学生相撲でも変わらないですか?

齋藤先生 もちろんです。学生相撲はもっと大きいかもしれないですね。

能町さん ああ、トーナメント式だから、1回負けたら終わりということが多いですもんね。

 

●嘉風は相撲の神髄が見えた?

能町さん 嘉風関(現・中村親方。平成16年卒)なんて、プロに入ってからさらにまた変わった伸び方をしましたよね。

齋藤先生 そうですね。嘉風関は特殊だったと思いますよ。嘉風関はケガして辞めちゃった(土俵外の事故による)んで、辞めた頃が実際の晩年だったかどうかは微妙ですけど、上がってきた頃よりもベテランになってから相撲の真髄が見えてきたんじゃないですか? 「強く当たることが全てじゃない」とか、相手に力を出させないような技術が彼はついてきたと思いますよ。圧倒的な強さがあるわけではないんですけど、相手からすると何かやりにくい力士だった。

数々の関取を輩出している日体大相撲部監督齋藤一雄先生。

能町さん 確かにそうですね。

齋藤先生 そういうところが「ベテランの味」と呼ばれるのかもしれない。アマチュア相撲とか大学生あたりじゃ分からない、何か相撲の真髄というのが彼には見えてきたんだと思います。

能町さん 15日取るからこそのやり方もあるでしょうしね。単に「ベテランの味」という言葉でまとめてしまうよりも、もっと正しい説明の仕方があるのかもしれませんね。

齋藤先生 そうですね。ただ、説明しづらいのも理由があって。嘉風関は特別なことを何もやっていないんです。稽古をすごくやったかって言ったら、全然やっていないです。

能町さん えー、そうですか!

齋藤先生 尾車部屋にも行ったことあるんですよ。そこで「おまえ、どういう稽古をしてるんだ?」と聞いたら「いや全然何もやってないです」って(笑)。実際、やってないんですよ。もちろん、最低限度のことはしてますよ、四股踏んだりぶつかり稽古したり。ただ、特別必死になってやったり、新しいことをやったりはしていないです。

能町さん 何か考え方が変わったとか、そういうことですか?

齋藤先生 おそらく、自分の体で自分の力でどういう相撲を取ったら相手がいちばん嫌か、どういう相撲を取ったら自分が持っている能力を一番出せるか、ということに気づいたんだと思います。地力を上げるというよりも、自分の持っている力を極限まで引き出すことができたんじゃないかなと思うんですよね。
力士って、極限まで引き出せている人はなかなかいないと思うんですよ。特に幕下以下に、引き出すことのできない人が多い。(幕下以下に)まわしを取ったら強いって人はいっぱいいるんですよ。そういう人こそ引き出せていないんです。嘉風関は、それが最大限に引き出せるようになったんじゃないかと思います。稽古して強くなるということは、自分の持っている能力を上げていくことなんです。嘉風関の場合は「自分の力を引き出すことを上げていった」というイメージで捉えてもらうといいかもしれないです。

能町さん なるほど!

――そこに心技体の心は関係ないんですか?

齋藤先生 あると思いますよ。勝てるっていう自信になるんですよ。自己肯定感が出て自信がつくし。嘉風関はケガして辞めざるをえなかったけれど、普通の人だったらもう辞めるような年齢でもホントはもっとやりたかったって言っているし、もっともっと楽しいことがあったんじゃないかっていうのが自分でも見えてたんでしょうね。

能町さん 力士も、昔だったらだいたい30超えたら地位が落ちたり辞めたりしてましたけど、最近は35~36歳ぐらいでも当たり前になってきましたね。昔と考え方が変わって、力が落ちてもそこでまだ何かを引き出す方法とか、引き出す能力を鍛える方法が分かってきたということですかね。

齋藤先生 その年齢までできる人は、そうだと思います。そうしないと、まず30超えてガンガン稽古できないんで。長くできる人とできない人の差は、もちろん節制しているかどうかという部分もあると思うんですけど、そのへんが見えているかどうかというのもあるんじゃないですかね。

 

●大卒力士と叩き上げ力士の違いとは

能町さん 大学出身じゃない、叩き上げの力士にしかないものって何かありますか?

齋藤先生 うーん……例えば中卒力士っていうと、高安関?