百田尚樹著『日本国紀』の読書感想文決定版 なんて素敵なボキャブラリー アンチ百田も黙って読め!

唐という文字が付く単語などいくらでもありそうなのに、あえて「毛唐」という差別用語とされている単語を選ぶ異端のボキャブラリーを百田先生は持ち合わせているのです。幻冬舎の編集者も止めもしません。ともかく、百田先生の語彙力の豊富さはわかっていただけたと思います。

全てが事実に基づいて書かれている

日本国紀の素晴らしいところは読みやすいばかりでなく、その内容が全て事実であるところです。百田先生はツイッターで、

「日本国紀に書かれていることはすべて事実」

とおっしゃっている通りです。私たちが学んでこなかった事実を教えてくれる素晴らしい本なのです。

戦国時代にキリスト教を布教するためにやって来た宣教師たちについてこんな記述があります。

「宗教家であると同時に高い教養を身につけた哲学者でもあった当時の禅僧は、全国各地でキリスト教の宣教師たちに鋭い質問を浴びせた。たとえば『悪魔は神の恩寵を失った者というが、その悪魔が人よりも大きな自由を持ち人を欺き正しい者を滅方の危機に導くことができるのはなぜか?』『神が愛の神であるならば、なぜ人が罪を犯さないように作らなかったのか?』『善をなす人が現世において報いられず、悪をなす人が許されるのは何故か?』『キリスト教の神が全知全能であるなら、その愛をなぜこれほど長く日本人に隠してしたのか?』というものだ。これらの疑問はいずれもキリスト教の本質と弱点を衝くもので、宣教師たちは明確な答えを示すことができなかった」

この箇所についてどう思うか、キリスト教の牧師さんに話を伺ってみました。

「当時のカトリック教会の神学の問題ですね。当時のカトリックは信仰義認ではなくて義化という教理を持っていました。だから善悪って話になると答えられなかったっていうのはわかる気もします。でも他の問いなら当時の宣教師でも明確に答えられたと思うし、別にキリスト教の本質も弱点も衝けてないですよ。ちょっと調べたらわかると思うけど、誰がこんなことを言ってるんですか? そもそも当時の宣教は…」

もういい、これ以上何も聞きたくない!
百田先生の著書を否定するとは何事でしょう。これだから左翼はイヤなのです。

百田先生は以前、民主党の議員を、
「少しでも自分を否定されると、ものすごい剣幕でキレる」
「自分に自信がなく、なにか疚しいところがあることの裏返しだろう」
と評していました。

この牧師も含めてですが、アンチ百田先生の人間にはみなこのような共通点があるようです。自分に自信があればもし著作を否定されても決して訴訟を起こしませんし、ツイッター上で喧嘩をしたりブロックすることもないはずです。

GHQによって洗脳された日本国民よ

日本国紀の最も肝心な箇所はやはり第二次世界大戦後の箇所でしょう。読んでいて最も辛く苦しいところです。

GHQの中にいた共産主義者やそのシンパは日本を「自らが理想とする人民国家を作るために本国でも行えないような大胆な改革」を試みました。そのような思惑を抱いたマッカーサーが幣原内閣に命じた五大改革、その中身は、

「『秘密警察の廃止』『労働組合の結成奨励』『婦人解放(婦人参政権)』『教育の自由主義化』『経済の民主化』」

というものでした。これの何が悪いのかは私には全くわかりませんが、GHQはなんという恐ろしいことをするのでしょう。私はこの箇所を読んでいて怒りにうち震えていました。

戦後、GHQが行った対日占領政策は、
「日本人の精神を粉々にし、二度とアメリカに戦いを挑んでこないようにするためのもの」でありその政策は「今も日本人の心と日本の言論空間を蝕んでいるといえる」と百田先生は「洗脳」という言葉を駆使して語っています。

その数ページ後には、