親黙り、子黙り 「4歳児ぐらいの大きさの真っ黒な物体」|川奈まり子の奇譚蒐集二六(下)

バーベキューの次は夜光虫の写真だ。漆黒の水面に真っ青な光のさざ波が立ち、その只中で妻と息子らが戯れていた。

――肉眼ではここまで青く見えなかったな。

あらためて、美しいものだと感心したが、何かが頭に引っ掛かり、これを撮ったときのシチュエーションを思い出しつつ、もういちど写真を観察した。

――あっ! あの子が写っていない! あのときは確か正美に「あなた、写真を撮ってよ」と言われて、一枚だけ撮ったのだ。アングルを変えてもう1枚撮ろうとしていたら、あいつが「僕が撮ります。交代しましょう」と申し出て、砂浜に上がってきたんじゃないか! これに写っていないのはおかしい!

あり得ないことだと思ったが、どんなに目を凝らしても、そこに写っているのは妻と2人の息子たちだけだった。

少年は隼人さんのすぐ隣に立っていたはず。祥吾さんはその光景をありありと脳裏に蘇らせることができた。ほんの数時間前の出来事なのだから当然だ。

次の写真には、少年と入れ替わった祥吾さんも写っていた。

後ろから腰にしがみついた小さな手の感触をまた思い出してしまい、うなじの毛がチリチリと逆立つ心地がしたが、我慢して画面の隅々まで点検した。すると……。

「僕の斜め後ろに、当時4歳の翔琉と同じぐらいの背丈の黒いものが立っていたんです。暗い夜の海ですけど、それにしても、そこだけ切り抜いたみたいに本当に真っ黒で……人の形とは少し違っていて……天辺が丸い円筒形のような、コケシのような……。もちろん、僕の影がそんな風に写っていただけかもしれません。心霊写真なんて、どれも目の錯覚でしょう? でも、同じものがもう1枚にも写っていたんですよ! 海岸を立ち去り際に水音を聞いて、振り返ったら、夜光虫が太い帯になって海岸を目指して伸びてきていたと話しましたよね? あのときも妻に言われて写真を撮りました。それにも、同じ真っ黒なコケシみたいなのが写ってたんですよ。光の帯の先頭に立って、浜に上がって来ようとしているようでした」

それは、祥吾さんが階段で見たものと大きさや形が一致した。

海からついてきたのだと思うと、にわかに外が気になりはじめた。仄明るい窓が彼のすぐ真横にあった。玄関側にあるこの窓は、他の部屋の人々も行き交う中庭に面しており、目隠しのために凸凹ガラスがはまっていて外の景色が見えない。

見えないのだが、中庭に何か居るのではないか。そんな気がした。

祥吾さんの頭の中では、その〝何か〟は、なぜかあの少年の姿を取ったり、黒いコケシのようなものになったりと、変化を繰り返していた。

「中庭に佇んでいる少年を、僕らが夜光虫見物から帰ってきたとき、玄関ドアを閉める直前に見たような気がしました。見直したら居なかったわけですが、そのときの少年の表情というのが、バーベキューの写真に写っていたような厭な感じの無表情だったと思うのです。僕が勝手にそういうふうに想像してしまっているだけかもしれませんけど、どうしてもそういう景色が頭に浮かんでくる……。それでもう、すっかり怖くなってしまって、寝ることにしました」

祥吾さんはデジカメの電源を切り、缶ビールの残りを急いで飲み干してベッドに潜り込んだ。

寝ている家族を眺めながら横たわる。
隣の簡易ベッドには隼人さんが仰向けに寝ており、その向こうに、妻の正美さんと翔琉さんがくっつきあって眠っている。エアコンが適度に効いた室内は快適で、たいへん静かだった。正美さんたちのベッドに近い側の窓には白いカーテンがかかっていた。

「ぼんやり見ていたら、そのカーテンが不自然に揺れはじめたんですよ。エアコンの風のせいじゃなく、もっとはっきりした動きです。小さな子どもがカーテンの後ろに隠れて遊んでいるかのような……。カーテンに近づく勇気はありませんでした。妻たちを起こしてしまうでしょうし。だからもう、ギュッと目を瞑って、無理にでも眠ってしまうことにしたんです」