親黙り、子黙り 「4歳児ぐらいの大きさの真っ黒な物体」|川奈まり子の奇譚蒐集二六(下)

幼い子どもによくあることだが、この時期の翔琉さんには、初対面であっても、自分と同世代の小さな子であれば〝お友だち〟と呼ぶ傾向が見られた。

もう辺りはとっぷりと暮れている。ここは恐らく島のメインストリートだろう。だが、賑やかな都心に慣れた祥吾さんたちの目にはずいぶん寂しい景色に映じた。8時には間があると思われたが、田舎の夜は早い。食事処に行くときには開いていた土産物屋や弁当屋はすでにシャッターを下ろしており、人通りが少なく、街灯も乏しい。

「迷子かしら」と呟きながら正美さんが後ろを振り返った。祥吾さんも今来た道を振り返り、道の脇や遠くの方までつぶさに眺めた。

しかし、子どもの姿はどこにも無かった。

「誰もいないよ。翔琉の嘘つき」
と隼人さんが言った。
「嘘じゃないもん! ホントにさっきまで居たんだよ! お店の前からついてきた。僕くらいの子だよ?」
翔琉さんは懸命にそう訴えたが、そんな子どもはどこにも見えないのだから仕方がない。後ろを気にする翔琉さんをなだめながら、4人は宿への道を再び歩きだした。

「ところが、行きには5分しか掛からなかったのに、10分歩いても宿に着かないのです。道は宿の近くで一回曲がるだけで、あとは真っ直ぐでした。迷うわけがないんです。でも着かない! ということは、道を間違えたとしか考えられないわけですが、納得がいきませんでした」

祥吾さんと正美さんは、曲がり角を通りすぎてしまったに違いないと結論づけた。そこで今来た道を引き返すことにして、しばらく行くと、間口の広い商店がまだ店を開けていた。日用品や食料品を売っている、都会では追訴見かけなくなった〝なんでも屋さん〟だ。

さっきは確かに目に留まらなかったが、それなりの大きさの商店で、四枚引きの板ガラスの扉から黄色い光が夜道にこぼれていた。

こんな店を、前を歩いていて見落とすはずがない。しかし、目に入れずに歩いてきたことになる。

不思議さに圧倒されて祥吾さんが店の真ん前で立ち止まると、正美さんが肘を掴んだ。見れば不安げな顔だ。自分も同じ表情を浮かべているに違いないと祥吾さんは思った。

と、そこへ、店の中から年輩の女性が現れて、話しかけてきた。

「さっきレジを締めたんだけど、ご入用のものがあればお伺いできますよ」

買い物に来たのだと誤解されたらしいと気がついた。

「……いいんですか? すみません」

わざわざ説明することもないと判断したのだろう。正美さんがそう言って、女性について店に入っていったので、ゾロゾロと後に続いた。

そして、晩酌用のワインやジュース、袋菓子、虫よけスプレーなどを買い、会計するときに宿の名前を出して道を訊ねたのだが、

「そこから買い物に来たんじゃないの?」
と、いぶかしそうに質問されてしまった。
「いえ、この通り沿いにある郷土料理の食事処に行った帰り道なんですよ」
そう祥吾さんが答えると、「じゃあ行きすぎちゃったのね」と店の女性は納得したようすになった。

「今のシーズン、うちに買い物に来るお子さん連れのお客さんには、あそこに泊まってる人がとっても多いの。ここを出て20メートルぐらい行くと路地があるから、そこを曲がったらすぐですよ」