親黙り、子黙り 「4歳児ぐらいの大きさの真っ黒な物体」|川奈まり子の奇譚蒐集二六(下)
――最後の夜になった。
その日は朝早くから隣の新島へ遊びに行き、夜は再びバーベキューテラスでバーベキューを食べた。バーベキューテラスに不審な少年が現れることはなかったが、食後、部屋のドアを開けると、室内の真ん中に例の黒いものが立っていた。
そう、あの、4歳児ぐらいの大きさの真っ黒なコケシのような何かだ。そのシルエットを祥吾さんは確かに見た、と思った。
目に入った直後に電気を点け、明るくなったときにはそいつは消えていたのであるが。
しかし見間違いではなかった。その証拠に、それが立っていた辺りの床に直径30センチほどの円い水溜まりが出来ていた。
怪異はそれだけではなかった。さらに、戸締りをするとすぐにコツッコツッと窓に小石が投げつけられる音がしだしたのだ。
昨夜よりも音の間隔が狭い。
「この水、海水だわ」
水溜まりを拭いていた正美さんが顔を上げた。
「磯の匂いがする。留守の間に誰かが勝手に入ったのか、それとも……」
――オバケの仕業か。
「パパ、お外に誰かいる。足音がする」
翔琉さんは玄関の方を指差した。「ほら!」。その声に呼応したかのように玉砂利を踏む音が高くなる。隼人さんが「僕、怖い!」と叫んで祥吾さんのベッドに潜り込み、頭から布団を被った。
「よしよし。こういうときは早く眠っちゃうのが正解だ。パパも、もう寝るよ」
そそくさと寝る支度をして、まだ9時すぎだったが、全員ベッドに潜り込むことになった。
――どれほど眠っただろうか。
祥吾さんは眩しい光を瞼に感じて、目を覚ました。朝になっていた。隣の簡易ベッドの布団が膨らみ、小さな頭の天辺が端から覗いているのが見えた。一緒に寝ていた隼人さんが、いつのまにかあちらに移動したのだと思った。
正美さんと翔琉さんもまだ眠っている。
窓の外が白く輝いていたので、今日はカンカン照りの暑い日になりそうな気がした。しかし今ならきっとまだ涼しくて、外気が清々しいだろう……。
気分の良い目覚めだった。祥吾さんは伸びをして布団から出ると、玄関でサンダルをつっかけて、寝巻のままドアを開けた。朝日を浴びながら、大きく伸びをする自分をイメージしながら……。
「でも、外は真っ暗だったんですよ! 何が起きたか一瞬わかりませんでした。混乱しながらドアを閉めたら、後ろから隼人が僕を呼びました」
「パパ……?」
振り返ると、自分のベッドの上に隼人さんが座っていた。
しかし簡易ベッドにも誰かが寝ている。
「パパ、どうしたの?」
祥吾さんは返事に詰まり、簡易ベッドに寝ている誰かを凝視するばかり。その視線を追って、隼人さんもそちらを振り返り、「……翔琉?」と呟いた。
「そ、そうだ、翔琉だな! ひとりで寝てみたかったのかな?」
「パパ、なんか変だよ」
「そんなことない! さあ、もうちょっと眠ろう」
ベッドに戻り、隼人さんと向かい合って横になったが、もう眠れなかった。隼人さんも眠れないようすで、だいぶ経ってから、冴え冴えとした声で、祥吾さんにこんなことを言った。
「僕、ホントはわかってるんだ。さっき、パパは怖がらせないために頑張って嘘をついたんだよね。ホントは最初からわかってたけど、僕、黙ってたんだ」
やがて本物の朝が来ると、簡易ベッドにいたものは蒸発するように空気に溶けて消えてしまった。その後、布団を捲ってみたところ、シーツは言うに及ばずマットレスの底まで染み通るほど大量の海水で濡れていた。