地下で見たもの 「たちまち、黴臭いような饐えた体臭のような、なんとも厭な臭いに包まれた――」|川奈まり子の奇譚蒐集三三
「すみません」と、加藤さんは咄嗟にその女性に声を掛けた。
女性はすぐに彼を振り向いて、愛想よく「どうされました?」と応えた。
加藤さんは、彼女は美術館員に違いないと思った。そこで、今日行われる出展者であること、初めての参加で、自分の展示ブースの場所が部屋番号以外わからないことを伝えた。
すると、「ご案内しましょう」という応え。
「えっ、いいんですか?」
加藤さんは少し驚いた。集合場所は出展者でごった返しており、展覧会のためだけに来た画廊のスタッフならともかく、正規の美術館員が自分ひとりのために案内役を買って出てくれるとは、思いもよらなかったのだ。
「お忙しいでしょう? 道順を教えてくれたら自分で行きますよ」
彼は遠慮したが、女性はニコニコと微笑みかけてきて、「いいんですよ」と言った。
「私もそちらへ行くところですから」
「あ、そういうことですか……」
ついでということなら心苦しくない。
加藤さんはホッとして、彼女に連れていってもらうことにした。
女性は迷いのない慣れた歩様で地下3階の通路をどんどん奥へ進み、やがて「ここです」と告げて彼を振り向きながら、突き当りの角を右に曲がった。
そこには廊下が延々と伸びているばかりだった。
「あら? すみませんね。間違えました」
「エレベーターに乗って上に行くんですよね?」
「はい。ごめんなさい。……こちらです」
そう言って左の方へ歩いていくので、方向を変えて台車を押しながらついていく。
少し進むと、廊下に横道が現れた。いかにもそこにエレベーターがありそうな気配だったが、女性は横道をヒョイと覗いて、「あれ、ここも違う」と呟いた。
「もう少し先です」
「本当ですか?」
その頃になると、加藤さんは不安を覚えはじめていた。