地下で見たもの 「たちまち、黴臭いような饐えた体臭のような、なんとも厭な臭いに包まれた――」|川奈まり子の奇譚蒐集三三
左に廊下を折れた先には、四方が錆びた金属の扉があった。
モダンで美しい都美術館に相応しくない、古びた扉だ。加藤さんは台車を曲がり角に置いて、思い切って扉を開けてみた。
重量感が手に伝わった。防火扉のような重さだ。グッと力を籠めて開く。
……たちまち、黴臭いような饐えた体臭のような、なんとも厭な臭いに包まれた。
思わず掌で鼻を押さえて見渡すと、扉の内側はコンクリートが打ちっぱなしの空間で、奥が暗闇に呑まれていたが、ここもまた通路のようだった。
ただ、今まで来たところと違って、床に人々が横たわっているのだった。
いったい、何十人いるのかわからない。真っ黒に煤けたボロを纏った老若男女、中には子どものような小さな者も混ざった大勢の人が、直に汚れたコンクリートの床に転がっている。
その多くが、防空頭巾を被っていた。そして誰ひとり、身じろぎもしない。
加藤さんは、震える手で把手を握り直して、静かに扉を閉めた。
それから脇目も振らず、駆け足で台車を押して引き返した。集合場所に近づくにつれて、人の声や雑多な物音が聞こえてくると、安堵のあまり床にへたり込みそうになってしまったということだ。
「今にして思うと、怪しい領域では、自分の立てる音以外は無音でした。酷い臭いは嗅ぎましたが、人がたくさんいた通路にも、一切、音というものが存在しませんでした。どういうことなのか知りたくて、あの女性をその後ずいぶん探したけれど、結局、見つけられませんでした。最初、僕はてっきり都美術館の館員さんだと思い込みましたが、そうじゃなかったみたいです。あの人はいったい何だったんでしょうね……」