地下で見たもの 「たちまち、黴臭いような饐えた体臭のような、なんとも厭な臭いに包まれた――」|川奈まり子の奇譚蒐集三三

――本当にこの女の人は、美術館員なのだろうか?

どうも怪しい。それに、すでに搬入口の喧騒から遠く離れており、静かな地下の廊下で、若い女性とは言え見知らぬ人と2人きりという状況が、にわかに心細く感じられてきたのだった。

「あのぅ……せっかくここまで案内していただいて恐縮なのですが、戻りましょうか? 搬入口に引き返して、誰かに訊いた方が……」

「いいえ! もうわかりましたから!」

「……そうですか」

女性は自信たっぷりな表情で彼を振り返り、ウンウンとうなずいた。

「ええ。ほら、着きますよ! こっちです!」

そう言って、彼を手招きして、やけに狭い横道に導き入れた。壁に背中をつけて彼を先に通そうとするので、逆らわずにそちらへ台車を進めると、後ろから、

「ここを真っ直ぐ行って、道なりに曲がったところです」

と、説明された。

50メートルは優にありそうな廊下の突き当りに暗い壁が見えた。

あそこで廊下が折れて、その先にエレベーターがあるのだろう。

それにしても、変に薄暗い廊下である。おまけに、うっすらと黴臭い。

加藤さんは、もう女性を振り向いて口をきく気にもなれず、無言で台車を押していった。

やがて突き当りに着いた。案の定、そこで廊下が直角に左に折れている。

向きを変えながら、彼は後ろを振り向いた――「ここですよね?」と女性に確かめるつもりで。

けれども、そこには今来たばかりの狭い廊下があるばかりだった。

鼓膜がチーンと鳴るほどの静寂が満ちていて、人の気配がまったく感じられない。あの女性の姿も見えない。