親黙り、子黙り 「4歳児ぐらいの大きさの真っ黒な物体」|川奈まり子の奇譚蒐集二六(下)

――前回からの続き――

不思議な少年に夜光虫の見える浜へと案内してもらった家族。しかし、父親の祥吾さんは海に入った時“誰かにしがみつかれた”ような違和感を感じ、一刻も早く海から離れたいと思っていた……

はじめから読む:親黙り、子黙り「お兄ちゃんは木の間に入っていって見えなくなった」|川奈まり子の奇譚蒐集二五(上) | TABLO

目を覚ましていると怖いことを想像してしまう。だったら早く眠ってしまえばいいようなものだが、どうしても眠気が差してこない。

しばらくして、祥吾さんは無理に眠ることを断念した。

玄関の横に窓があり、中庭にある常夜灯のせいで仄かに明るんでいた。窓辺に置かれた4人掛けのテーブルの上に、今日持ち歩いていたデジカメがあり、視界に入った。

息子たちの笑顔を見れば気がまぎれるかと思い、祥吾さんは冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、テーブルの椅子に腰かけてチビチビ飲みながら、デジカメの写真データをチェックしはじめた。

竹芝桟橋から乗った船で、到着直後の式根島の桟橋で、海水浴場で、彼はこまめに写真を撮っていた。ほとんどが子どもたち――隼人さんと翔琉さん――を写したもので、ときどき妻の正美さんも画面に入っている。祥吾さん自身が写っているのは、迎えにきた宿の主人に桟橋で撮ってもらった1枚だけだ。

……いや、違う。

宿のバーベキューテラスでの食事風景の写真を見て、夜光虫を見物したとき少年に写してもらったことを思い出した。

バーベキューを食べているとき、そばを通りがかったアルバイトの少年に追加の肉を注文した。それが縁となって、夜光虫見物に連れていってもらい、ついでに奇妙な体験をしてしまった次第だ。

近所の高校生だと言っていた。今どき珍しい良い子だと思っていたが、夜光虫の海で変なことがあったせいで、印象が悪く変わってしまった。

――正美が渡そうとしたお駄賃を受け取らなかったのは、まあ、いいとしても、逃げるように立ち去ったのは如何なものか。不自然だった。

つらつらと今夜の出来事を思い返しながらデジカメの液晶画面を眺めるうちに、バーベキューを食べている息子たちの後ろの方に少年が写り込んでいることに気がついた。

離れたところに立っている。こちらを振り向いた瞬間で、ピントは合っていないが、斜め横を向いた顔や背格好から、間違いなくあの少年だとわかった。

しかし、それが、ひどく冷たい無表情なのだった。自分がカメラの画角に入っていることに気がついていなかったのだろうが、それにしても別人のように厭な表情をしている。

――こんな顔をする子だとわかっていたら、話しかけたり夜光虫見物の話に乗ったりしなかったのに。

祥吾さんは不愉快になって、デジカメの写真を先に送った。