村西とおる監督を描いた『全裸監督』がNetflixでドラマ化 著者の本橋信宏氏と対談|平野悠

ヤクザも風俗も左翼も取材する。つまらない個人史はない

平野:ところでTABLOって知ってる?

本橋:もちろん知ってますよ、わたしも”紀州のドンファン”の記事書いてますから(笑)。

平野:アハハハ! 失礼。

参考記事:米山新潟県知事だけではない 出会い系サイトに真剣になる中年男性たち|本橋信宏

本橋:サイトを見てみたら、「えらそうなヤツ、だいたい嫌い」っていいコピーだなぁって。久田編集長の連載も『偉そうにしないでください。』って最高のコピーですよ。

平野:本橋さんは社会派でありながら、下半身の風俗の取材をしているじゃない。それでありながら、『全学連研究』なんていう本も出しちゃってて、そこから繋がって塩見孝也の取材に繋がるんだと思うんだけど。いやほんとに、よく中核派の取材をしたよね。

本橋:中核派は1985年当時、武装闘争をガンガンやっていたけど、情宣活動もちゃんとやらなくちゃいけないっていう時代だったんです。

平野:狙いは何だったの?

本橋:実際に行動している人間のセクトの話を聞いてみよう、と。論理で入りながら、実践もしっかり押さえるのはわたしのテーマですから。革マルは丁重に断られたんですけど、中核派は全学連委員長が出てきて、豊島区千早にあった「千早城」で。駅を降りて歩いていたら、上から「到着!!!」って大きな声で言われて。ずっと見られていたんですよね。

平野:すごいねぇ、緊張ある取材だよね。

本橋:いつも家宅捜査のとき機動隊が電動ノコギリで破壊していたあの鋼鉄製の入り口を開けて、正々堂々と中に入りましたよ。

平野:なにか得るものはあった? なんだったんだこいつらはっていう感じでしょう?

本橋:ありますよ。ごく普通の紳士的な若者でしたけど、でも当時まだ革マルとの闘争があったから、党派党争については頑迷なところがありましたね。

平野:「やられたらやり返せ、やられる前にやっちまえ」っていうのがあの世界だもんね。

本橋:延々と5時間くらい、インタビューしましたよ。中核の本部で革マルとの内ゲバを中止しては、と論陣を張るのは覚悟はいりましたよ、それは。

平野:本橋さんはほんとうに広いよね。ヤクザもやれば風俗もやれば左翼もやる。最後は塩見孝也だもんね。企画でおっぱいパブに連れていって喜んでるんだもんね、アハハハ! まったく、左翼バカにするんじゃないよ(笑)。

本橋:でも、本当におとしめたのはTABLO編集長ですからね! 久田君は当時のわたしの編集担当(笑)。

平野:でも、本橋さんは、塩見さんのことをけっこう尊敬してたよな。

本橋:塩見さん大好きでしたよ。初めて会ったのは、雑誌「Views」(講談社)の企画で、テリー伊藤さんがレフリーで入って、新右翼一水会の鈴木邦男さんと元赤軍派の塩見さんが激突するっていう企画があって、そこでわたしは構成者として入っていたんですよ。平野さんは塩見さんが現役だったころから知っているんですよね?

平野:だいたい知ってるよ。俺よりぜんぜん偉かったけどね。塩見さんは、関西から流れてきたんだよ。でも結局、塩見孝也は「9条の会」から追放されたっていうのが面白いよね。(注:「ロフト席亭・平野悠の『暴走対談』|第一回 追悼・塩見孝也さん(元赤軍派議長)」より)そんな塩見さんをはめて、おっぱいパブに連れていったりして、本橋さんの意図はなんだったの?

本橋:獄中生活が長かった塩見さんは観念が先走るところがあったので、庶民が働く現場を見せたかった。それに風俗嬢はいつも右派が籠絡するので、左派からの巻き返しを、と思ったわけです。塩見さん、感激してましたよ。あとは久田くんの連載タイトルでもある『偉そうにしないでください。』っていう。これはね、実はわたしの生涯のテーマでもあるんですよ。右でも左でも、そんなに偉そうにしないでくださいよ、って。

平野:ほうほう。

本橋:わたし、こう見えても結構緊張しぃなんですよ。物書きってね、人と話すのが苦手な人は多いですよ。有名人コンプレックスもあるし、えらい人と会うときは緊張するんですよね。そんなときに、深呼吸するとか、相手の顔を野菜と思えとか、いろいろ言うけど、わたしの場合は違っていて。この人がどんな顔でクンニしてるんだろうって思うんですよ。

平野:アハハハ! どこかで足をすくってやろうって思うわけ?

本橋:いやいや、そうじゃないんですよ、そうすると相手も察するから。あとね、わたしの体験から言って、つまらない小説っていうのはあるけど、つまらない個人史っていうのはないと思っているんです。

平野:おっとと、かっこいいこと言いますねぇ。

本橋:どんな人間でもその人はひとりしかいないから、すでにオリジナリティなんですよ。だから、つまらない半生を聞いたためしがない。人の過去の話を聞くのが大好きだし。人間っていちばん悲しいことは、「自分の存在を無視される」ことだから、自分に関心を持ってくれる人がいるのは嬉しくて、しゃべってくれるんですよね。