憑きもの体験記1「ガラスに目を走らせると、自分の50センチ後ろに人の気配を放つ陽炎が映っていた」|川奈まり子の奇譚蒐集三八
他に適切な場所が無いと言われたそうだが、件の百貨店は、ここ川越――この神社から徒歩3分のところ――に大きな本店ビルがあるほか、県内に支店を複数有している。他にスペースが無いというのは信じがたい。
第一、親会社は業界で五指に入るエレクトロニクスメーカー大手だから、長期のプログラミング作業に最適な作業場なんていくらでも提供できるのだ。
それなのに、百貨店の希望をあっさり受け容れて、東京から30人も神社に送り込んだわけだ。
この神社は由緒正しそうな、なかなか荘厳なお社だ。なぜここ? と、送り込まれた技術屋集団の顔には一様に戸惑いの表情が浮かんでいる。
違和感が激しいったら、ない。
……まさかとは思うが、今回の客である百貨店は、POSシステムのパッケージ開発及びカスタマイズを通じて、各支店を神の御業で加護しようと企てているのでは?
神社でプログラミング作業をさせるのは、もしや、そのため……?
「彩乃ちゃんも、ボーッとしてないで手伝って!」
3つ上の先輩(2年前までは職場で紅一点だった)に叱られて、我にかえった。
「すみません!」手渡されたダンボール箱を抱えた。製薬会社のロゴマークがプリントされた箱だったので、中身は精力剤ドリンクだと見当がついた。
先輩も同じ箱を持って、部屋の隅の方へ運びはじめる。その斜め後ろをついていきながら、言い訳のように話しかけた。
「なんで神社でやらせようとするのかなぁって考え込んじゃって」
先輩は襖と柱に挟まれた角に箱を積みながら、低い声で応えた。