憑きもの体験記1「ガラスに目を走らせると、自分の50センチ後ろに人の気配を放つ陽炎が映っていた」|川奈まり子の奇譚蒐集三八

ちなみに、この神社は誉田別尊(応神天皇)を祭神とする川越八幡宮だった。

インタビューの際、彩乃さんは神社の名前など細部を忘れてしまっていた。

ただし、「たぶん八幡宮だったと思います」とお話しされた。

川越市の〇〇百貨店本店から近い所に所在して、神前結婚式を挙げられる八幡宮系の神社と言えば、川越八幡宮以外にない。

さらに、こんな手掛かりもあった。川越八幡宮の境内には「相撲稲荷」の別名を持つ民部稲荷神社というお稲荷さまの御社があるのだが、件の百貨店は、この民部稲荷神社を守護神としており、本店の屋上に分社を祀っているのだ。

そのうえ、川越八幡宮には、彩乃さんたちが見たと思しき桜も、幾本かある。

ことに枝垂桜の名木は、よく知られている。

私は写真で見ただけだが、時季になると、実際、薄紅色の霞がかかったかのような幻想的な景色を供する大木だ。

しかしながら、この神社で最も有名な木は、この枝垂桜ではない。

ここには「夫婦銀杏」と名付けられている御神木があり、こちらの方が遥かによく知られている。

上皇・明仁陛下のご生誕を祝して、昭和8年の暮れに銀杏を雌雄1株ずつ並べて植樹したところ、木と木が幹を寄り添わせ、ひとつに結ばれるという奇蹟が起きた。そこで、いつしか、この木に触れると良縁に巡り逢うと言われるようになり、御神木とされたのだという。

おめでたい御神木「夫婦銀杏」と、雅楽の生演奏付きの神前結婚式が人気を集めているとのこと。朱塗りの灯篭が並ぶ石畳の参道を和装の花婿花嫁がしずしずと歩くさまも、実に絵になる。1030年に甲斐守源頼信が創祀した古社だから、格式の高さに惹かれて選ぶ人たちも多かろう。

尚、彩乃さんたちが使っていた新郎新婦と親族の控え室に使われていた座敷は、一般の参拝客は入れない、神殿の奥の方にある。

ちょっとリサーチしてみたところ、他にも控え室として用いている座敷があるようだ。だから一室をプラグラマ集団に使わせていても困らなかったわけだろう。

では再び、怪異を体験した当時の彩乃さんに憑依していただいて、彼女の視点で出来事を綴ろうと思う。

 

背後に感じた人の気配

 

赤い柵に左右を挟まれた細い参道の左右に、柵と同じ色の燈篭が一定の間隔で整然と並んでいる。駅から5分、駅前繁華街のすぐそばに、こんな別世界があるなんて……と軽く驚く気持ちが、何日通っても収まらない。

川越は「小江戸」と呼ばれ、蔵造りの町並みなど城下町の面影を残しており、観光スポットとしても人気がある。しかし駅前には現代的な商店街が広がっていたし、今回の作業が終わるまで泊まることになったビジネスホテルも、にぎやかで今どき風な一角にあった。

そのせいか、参道に足を踏み入れるたびにタイムスリップするような心地がした。

参道の石畳に足を乗せた途端、街の喧騒がスッと止んで、静寂に包まれるのは、いったいどのような現象なのか。

たいへん不思議だ。

不思議と言えば、チーム全員が、きっと「なぜ神社で?」と疑問を感じているはずだが、どういうわけか、誰もそれについて論じようとしないことも……。