赤い樵 「樹齢60年ほどの銀杏の大木を伐採してから起きた恐怖体験」|川奈まり子の奇譚蒐集二八

Aさんは政宗さんが立ち止まっていることに戸惑っているだけで、何も気づいてはいないようすだった。

赤い樵がAさんの身体に入っていたのは一瞬のことで、即座にピョンと抜け出してきて、逃げる間もなく、次は政宗さんの身体に飛びついてきた。

「あっ!」
「どうしたんですか。石川さん、さっきから?」

赤い樵は政宗さんの中に入ったきり出てこなかった。衝撃を受け、非常に頭が混乱してしまったが、その場は何事もなかったかのように装った。Aさんはやはり何も気づいていないようだ……と思いながら。

その日、仕事を終えても政宗さんは食欲が湧かなかった。

これは奇妙なことだった。22歳の植木職人である彼は、いつもは食欲旺盛なのだ。170センチ少々の身長に対して体重は75キロあったが贅肉は無く、筋肉質でがっちりとした体躯だったのは職業柄もあろうか。

一仕事を終えるとしっかりと飯を食べ、速やかに消化して、よく働き、また食べる。この健やかな循環が乱れたためしがない政宗さんだった。

ところが、十四烈士の碑のそばに生えていた銀杏を伐ってから、食欲がない。

食欲減退などという生易しいものではなく、まったく何も食べたいとは思わなくなった。胃に何かが滞留している感覚があり、食べ物を呑み込むことを想像しただけで具合が悪くなりそうだった。

実際、数日は水だけで過ごした。