赤い樵 「樹齢60年ほどの銀杏の大木を伐採してから起きた恐怖体験」|川奈まり子の奇譚蒐集二八

政宗さんが思うに、人は木を見ると、地面の上に現れているものが木のすべてだと思いがちだが、本当は、地面の上にあるのは木の身体の腹から上の部分だけで、腹から下は土の中に埋まっているのだ。

あの銀杏の切り株の辺りが腹だったのだ。

だから自分は腹から下を失ってしまい、ものが食べられなくなったのだ。根を失くした木は死ぬ。このままでは自分もきっと助からない……。

死にたくなかったから、政宗さんは病院を受診したが、内科の医者には匙を投げられ、精神科を受診するように勧められた。

そこで、Aさんのことが思い浮かんだ。精神科で診てもらっても経過がはかばかしくなかったようで、離婚に至ったAさんは、最後に電話で話したときは田舎の実家で母親と暮らしていると言っていた。

政宗さんは、前述したように父をすでに亡くしていたから、母親に心配させまいとして、この件についてはそれまでずっと隠していた。

けれども、精神科を勧められてAさんのことを思い出すと、今のうちに母に相談しておいた方がいいと考え直した。

そこで母に、代々木公園で石碑のそばの銀杏を伐ったことからものが食べられなくなったこと、短期間で激しく痩せてしまったことまで全部、打ち明けた。